石見銀山が世界遺産の理由!ユネスコが選んだのは文化的景観にあり

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石見銀山って名前は聞いたことあるけれど、
果たしてそれはどこにあって、
なぜこんなに有名なのか、

などなど詳しく知っている人は
あまりいないのではないでしょうか?

そこで今回は日本の誇れる
石見銀山について詳しくご紹介していきます。

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石見銀山ってどんな山?

石見銀山は日本の島根県、
太田市にあります。

戦国時代から、江戸時代の前期にかけて
日本最大の銀の産出地として最盛期を迎え、

その量は年間約38トンとも推測され、
日本の銀の産出のほとんどがこの山から
採られていたと言われています。

その頃の日本は世界の銀の
約3分の1を産出しており、

石見銀山がどれほど銀に
あふれていたかが想像出来るでしょう。

大森銀山や、佐摩銀山と
呼ばれることもあるそうです。

 

ユネスコ世界遺産にも登録!

石見銀山は、そこから産出された銀が、
日本アジアのみならずヨーロッパ諸国にまで
経済的、また文化的交流をもたらしたこと、

遺跡が良好に残されていること、
また、自然環境と一体となり文化的景観が保たれ、
環境にも配慮された土地利用がされているなど

多くの点が評価され、2007年に
ユネスコ世界文化遺産として登録されました。

また、

同年には日本の地質百選にも選ばれており、
大変注目されています。

世界遺産に登録されている鉱山遺跡は、
現在世界各国に15箇所ありますが、

アジアではこの石見銀山が始めて登録され、
また産業革命以前のものも
少ないため大変珍しい遺産と言えます。

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日本への文化的景観は?

石見銀山は博多の大商人であった
神谷寿貞が海上から光るものを見た!

と本格的に開発をはじめ、
1526年に人々の助けを借り、
地下の銀を掘り出すことに成功しました。

それから争奪争いが頻繁に行われ、
豊臣秀吉などの権力者によって
管理される様になりました。

1600年の関ヶ原の戦いでは、
毛利家徳川家にそれぞれ銀が
13000枚ずつ運上されるなど、
戦いの報酬としても使われていました。

また、

石見銀山が開発されたころはちょうど
日本経済の発展時期だったために、

歳出された銀は精錬され、ソーマ銀という名で
日本の銘柄の一つそして取引され、
日本の商業的発展に大きく貢献したと言えます。

その後は徳川幕府によって基本通貨としても
国内で広く流通し、貿易などでも用いられました。

日本の経済発展に大きく
関わっていたことがわかりますね!

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?

石見銀山は世界遺産にも登録され、
日本の歴史にも大きく貢献した
重要な山なんだということを知り、
島根県に行った際にはぜひ訪れてみたいと思いました。

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